ハーメルン
東方遺骸王

 頭を冷やし、しばらく座り込んで冷静に考えたところで、おそらく数分が経過した。
 腕が光る。まぁ、それも良いだろう。この際そんな不可思議な現象にすら目を瞑ろう。重要なのは、そればかりでもない。

 私が気にしなければならないことを、一度よく整理する。
 不可解なことは多いものの、私の望むことはただ一つだ。

 生きること。
 生きていれば、それでいい。生きていられるならば、この際突っ込みどころしか存在しない今に、何も言わないでおこう。

 現状、何か苦痛を感じているわけでもない。飢えてもいないし、体感としては健常そのものである。
 枯れ果てた身体に、石造りの密室。そして、謎の光る腕。疑問は尽きないが、この時において重要なのは、もはや私が従来より持ち合わせている常識などではない。
 もっと動物的な、生きたいと望む本能。その成就こそが、私の成すべき目標である。

 ……要は、混乱し過ぎで今なにするべきかわからないから、生きているならひとまず落ち着いても良いんじゃないってことだ。



「しかし、出ないことには始まらない、か……」

 身体は動く。腹も減ってない。なら、今私がやるべきことは、この真四角の石空間からの脱出のみだろう。
 ここが一体どこなのか……東京湾に沈んだか、ピラミッドの中の未知なる空間に転移したのかは定かでないが、とにかく密室というのはそれだけでマズい。
 出ないことには、生きるもクソも無いのである。

「出口、出口……」

 石壁に手を這わせながら、出口を探る。
 この謎空間が脱出ゲーム的仕掛け満載の部屋であることに望みをかけ、とにかく壁伝いに手探りし、可能性を見つけるしか無い。

 壁を叩いて、音の違う場所を探してみたり。
 壁に手をかざし、風が吹いてきそうな隙間を探ってみたり。
 はたまた、微妙なひっかかりを押し込むことによって、どんでん返し的なギミックが発動するのを期待してみたり。



「駄目だ、なんて美しい立方体なんだ……」

 二十分後。私の心は折れ、硬い地面に突っ伏していた。
 駄目であった。壁も床も、紛うことなき完璧な、ただの石だったのだ。
 継ぎ目も何もあったものではない。ここは完全無欠、見事に普通の石部屋であるらしい。

「……なら、どうやって出れば良い……」

 ここまで数多くの謎を撒き散らかしておいて、出られないまま謎の密室死を迎えるなんて、冗談にしたってタチが悪い。
 訪れるのは窒息が先か、餓死が先か。いずれにしたって、一縷の希望も無い点で言えば、どこぞの立方体謎空間に閉じ込められる某映画以上の不幸待遇である。

「ああ……私はこのまま、死ぬのか……?」

 私は固い石床に寝っ転がり、床と同じ材質の天井を見上げた。

 思い起こされるのは、つい数時間前まで過ごしていたであろう、退屈でありながらもそこそこ充実した日常の日々。
 仕事をして、アパートに帰って、寝て……。
 それで……あと……そう、そんな感じの繰り返しの、充実の日々……。

 ……虚勢はやめよう。充実と呼べるほど、充実はしていなかった。
 至って退屈、ただそれだけの日々だった。

 けど、私はそれで良かったのだ。

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