ハーメルン
ふと思いついたFate/zeroのネタ作品
ライダーは駆け抜ける

 とりあえず家の中に入る。玄関から入り込んで段差を上り――そう言えばこの国は、家では靴を脱ぐのだったか、そんなことを思い出したが、結局そのまま上がり込んだ。どうでもいい事だった。
 そして、玄関から居間までの短い廊下で、アイリスフィールは立ち尽くした。こんな短時間で、足の疲労が取れるわけが無い。魔術を使っても。座り込んでしまえば、実際楽なのだろう。それでもアイリスフィールは、意地を張るかのように立ち尽くしてた。立ち尽くして、家の中でも冬の夜空でもないどこかを見る。
 ふと、横を向いてみた。何の変哲も無い、普通の武家屋敷。彼女にこの国の普通がどのようなものか分からなかったが、切嗣が普通と言ったのだ、まあ、普通なのだろう。普通である家の中には、普通で無く何も無い。当然だ。元々長く身を置く予定の無かったここに、たくさんの荷物があるわけも無い。最低限の荷物ですら、一カ所にまとめてあり、今は視界に入っていない。つまり、大ざっぱに掃除だけされて小綺麗なだけの、あとは何も無い殺風景な景色。
 こんな……こんな、生活感の欠片も無い場所でも、切嗣が帰る場所なのだ。誰もいなくなった、ただ一人の寄る辺。娘を差し置いてまで、アイリスフィールが帰る場所。
「さーて、切嗣が帰ってくる前に、料理でも作っちゃおうかしら!」
 出来もしないことを、大きく言った。腕前がどうこう以前に、材料すら無い。近辺に、こんな時間までやっている店もない。
 わざとらしく、振り上げた手。それの下ろし方も忘れた彼女は、腕を上げたまま、顔を言葉に相応しく変化させたまま、どうしていいか分からなくなった。
 そんなことをして、どんな意味があると言うのだろう。
 切嗣を迎え入れるために。日本らしく、風呂でも入れておくのか。晩酌の用意でもするか。笑顔で迎え入れれば、それらしくなるかもしれない。あるいは、他の何かか。探せばどこかに転がっているかも知れない、何かを探してみる。それが有意義が無意義かはともかく、悩んでいる間、時間だけはつぶせるだろう。
 だから、それでどうなると言うのだ? ただ、そんな無意味なことをして、待っていろと言うのか?
 命を賭けにいった夫。共に命を賭けると誓った自分。そして、一人置き去りになったイリヤスフィール。
 腕が、勝手に下りていた。せめていつも通りの表情だけは維持しようとして、えもいわれぬ無様な表情になる。顔が熱い。もしかしたら、泣いているのかも知れない。それでも、俯くことだけはできなかった。それをしてしまえば、敗北を認めたようで、動けなくなってしまいそうで、許せない。無意味な精神論。無意義な主張。それでも、今だけは意味があると信じる。
 切嗣に言われるままに、こんな所で佇んでいる自分。何がしたいのかも、何ができるのかも、まるで分からない。
 手をぐっと握ってみた。しっかりと力が入る腕。キャスターが脱落した時のような、脱力感は全く感じられない。かわりに、心臓が痛み出したが、そんな事は知ったことか。とにかく、力は入る。
(なんで……私は……)
 痛む胸など、どうでもいい。重たい足も、考慮の必要は無い。もしかしたら、まだそれなりに残っている魔力すら、関係ないかもしれない。
 結局の所、それらを動かすのは、意思でしかないのだから。
(あんなにあっさり……諦めてしまったの!)
 心の中で、絶叫した。
 もっと食らいつけば良かったのだ。そして、一緒に付いていけばよかった。そうすれば、盾くらいにはなれたはずだ。少なくとも、こんな所でただ待っているだけなのよりは、よほどいい。

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