切嗣は絶好調
ベランダの窓を開けて、一歩外に踏み出す。室内は暖炉に火が付いており、それなりに暖かかった。冬の空気は、暖炉の温もりに甘やかされた肌を、予想以上に厳しく接する。
こんな事なら、コートでも着ておくんだったか。今はスーツの上着も脱いで、シャツにネクタイも締めない格好。およそ、冬の夜空を眺める格好ではない。しかし、切嗣はどうしても、星空を見ながら一服したかった。
口の中に滞留する紫煙。それを息と共に、思い切り肺の中に送り込む。ニコチンは一瞬で脳へと周り、ぼんやりしていた思考を僅かに覚醒させた。これで、クソ不味いブラックコーヒーでもあれば、眠気覚まし対策は完璧だったのだが。まあ、わざわざ入れてまで欲しいものでもない。
アイリスフィールが連れてきた、間桐雁夜という男。そいつの話を数時間聞き、さらに数時間かけて情報を編集した頃には、朝と言っていい時間になっていた。
魔力をそれなりに消費し、作戦の連続で精神も疲労している。正直、すぐにでも眠りたい心境だった。しかし、それを退けてまで話を聞いた価値は、十分以上だ。
「切嗣、どうだった?」
「やあアイリ、もう起きたのかい?」
アイリスフィールが、夜着に羽織をしただけの格好で来た。根元近くまで消費されていたたばこを、灰皿に押しつける。
彼女の表情は、一言で言って不安そうだった。男を連れてきたのが自分だからであろう。そんな事を心配する必要はない、切嗣は笑顔を作って見せた。
「正直、間桐雁夜をなめていたと認めざるをえないね。魔術師としては三流以下……それは覆らない。けど、彼の最高の武器は、一般人らしい感覚と視点を持っている、という点だったよ」
切嗣が町中に仕掛けたトラップや、情報収集のための道具。これらは、相手が魔術師であれば、絶対に気付かなかっただろう。それでも、素人に見つけられるような配置にした覚えはなかったのだが……相手が町の住人では、少し分が悪い。
油断があった、と言わざるをえない。
「ええ、うん……それも何だけど……」
もごもごと言いながら、アイリスフールは俯いた。何か、言いづらいが言わなければならない事がある。そして、切嗣には心当たりがあった。
「ああ、大丈夫。間桐雁夜は殺さないよ。と言うよりも、同盟を組むことに決めた」
「……え!?」
驚き、まるで少女のように目を見開く。大変かわいらしい仕草であったが、どう思われているのか再確認し、ちょっとへこんだ。その認識に間違いが全くないのだから、弁明もない。
「ああっ、違うの切嗣! その……とにかく違うのよ、信じて!」
おろおろと慌てふためく我が妻は、非常にかわいらしかった。いつまでも見ていたかったが、それでは話が進まないので中断する。
「はっきり言ってしまえば、彼は捨て駒だ。ここぞという場面で投入し、潰してしまう」
「それは……!」
「勘違いしないで欲しいのは」
声を荒らげようとしたアイリスフィールを、手で制す。
彼女の優しさは、美徳と言っていいだろう。しかし、それを戦場まで引きずるのは、自らの死を呼ぶ行為に他ならない。それを補うのも、自分の役目だ。少なくとも、切嗣はそう思っていた。
「これは彼から言い出したのだという事だ」
「あの人が?」
切嗣は頷いた。持ち上がりかけていた手が、すとんと落ちる。
「間桐雁夜は、どこかおかしいと思わなかったかい?」
「ええ、すごく体力がない人だったわ。それに、調子も悪いみたい。でも、それはバーサーカーに魔力を吸われたからじゃないの?」
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