ハーメルン
悪徳の都に浸かる
011 片翼の妖精は笑う

16



「……寝すぎたな」

 ベッド代わりにしていたソファから重たい上体を起こし、左右に首を鳴らす。
 遮光カーテンも閉めずに眠りこけてしまっていたらしく、窓の外は既に暗い群青色の空が広がっていた。
 腕時計に視線を落とす。午前四時。いや、寝過ぎだろう俺。かれこれ十時間以上寝てるじゃないか。
 これだけ深い眠りになってしまったのには当然ながら理由があった。先日のカリビアン・バー襲撃時、メリーに縋られそのまま彼女の寝床で昼過ぎまで眠った俺はその足で仕事に向かい、用件を済ませると再びカリビアン・バーに舞い戻った。これは襲撃された際に破損した店内の損害額を見積もってもらい、その分を弁償するためだった。
 が、どういうわけか俺はニコニコ顔のメリーにカウンター席に座らされ、またしても酒を呷る羽目になったのだ。
 いやいや今日はそういうんじゃない、と彼女に言っても全く聞いてもらえない。どころか嬉々としてボトルを開けだす始末。店が襲撃されてまだ一日も経っていないというのに、この街の女どもはどこまで強かなのだろうか。
 そういうわけで深夜まで大量のアルコールを摂取し続けた俺は強い睡魔に襲われ、またもやメリーの部屋に一泊。俺が彼女の部屋に上がった際にやけにベッド付近が整えられていたのは一体何の意味があったのだろうか。余りの眠さに彼女に一言告げて直ぐにベッドに倒れ込んだために、その辺りまでしか部屋での記憶はない。
 陽が昇ってメリーの家を後にし、昨日と同じように依頼を一件こなし夕方に自分のオフィスへと帰ってきた。覚えているのはここまでだ。恐らくは酒と疲労のせいでここまで眠ってしまっていたんだろう。流石に二日続けての深酒は身体の方が保たなかったみたいだ。

「あー、酒ヤケで喉痛え」

 いつもとは違う喉の違和感を不快に感じつつ、洗面所で顔を洗う。
 近くにあった適当なタオルで顔を拭いていると、不意にポケットが震えた。バイブ設定にしてあった携帯だ。タオルを脱衣カゴに放り投げて、携帯を耳に押し当てる。

「もしもし」
『やっと繋がったか、まさか寝てたんじゃないだろうな』
「だったら何だよ」
『いや、一先ず連絡が付いて良かった。彼女には放っておけと言われたが、やはりお前の耳にも入れておこうと思ってな』

 声の主は三合会タイ支部統括、張維新。
 正直言ってコイツが俺に連絡を寄越すときは決まって厄介事を引っさげているので、非常に嫌な予感がしてならない。
 そんな俺の内心を知ってか知らずか、張は平然と爆弾を投下してきた。

『バラライカが遊撃隊を率いて人狩りに出た』
「……は?」
『今から十時間ほど前にヴェロッキオ・ファミリーが襲撃を受けてな。奴らのオフィスは壊滅、ヴェロッキオも三枚に卸されてたよ。お前なら既に勘づいてるだろうが一応言っておけば、今回の一件の元締めはイタリアン・マフィアだった』

 魚かよ、というツッコミはしない。

『バラライカは直属の部下を殺されたことにいたくご立腹だ。三合会はホテル・モスクワと共同歩調を取ることに合意したが、お前はどうするつもりだ?』
「どうするって言ってもなぁ」

 張の言葉から推測するに、バラライカは部下を殺したイカれた殺人者を粛清するということなのだろう。聞けば今現在のロアナプラは外もおちおち歩けない程の緊張状態らしい。ていうか俺が寝ている間にそんな大それた事になっていたとは。

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