005 ラブレス家の女中
3
――――べちゃり。
何か水っぽいものが弾けたような音が船室に響いた。その音の正体はカップのアイスクリームで、たった今レヴィの顔面を甘ったるく彩ったところだった。
たらたらと滴るアイスクリームを掌で拭う。彼女の視線は正面の少年に向けられたまま、どこまでも無表情だった。船室の壁にもたれかかるロックの胃がキリキリと悲鳴を上げている。このままではいつ彼女のカトラスが抜かれるか分からない。そうなる前に彼女を羽交い絞めにしたほうがいいのだろうか。そんな思考を巡らせていたら、先手をレヴィに取られてしまった。
「……オーライ、お前がとびっきりの死にたがりだってことはよく分かったよ」
言いながら、レヴィはショルダーホルスタに収められたカトラスへと手を伸ばす。それを見て慌てて彼女を拘束するロックだが、どうやらアイスクリームを投げ付けた張本人はレヴィの動きにも全く恐怖を抱いていないようだった。レヴィから視線を逸らさず、まっすぐに見据えている。
「ふん、騙されないぞ僕は! さっさと船から降ろせよ悪党!」
「口だけは達者なようだなぁお坊ちゃん。その口から無様に悲鳴が上がるまで、あたしは的当てすればいいのか?」
「待て待てレヴィ! 子供相手だ、本気になるな!」
銃口を少年に突き付ける寸前でロックは彼女を後ろから羽交い絞めにした。その際鼻をくすぐった甘い匂いは果たしてアイスクリームなのか彼女の匂いなのか。
そんなどうでもいいことを考えていたから、ロックはレヴィの言葉を捉えるのに遅れた。
「……ロック、ロック。冗談だよ、離せって」
「あ、あぁ」
「いくらあたしでもこんなガキ相手に顔真っ赤にしたりしねぇよ。ボスに笑われちまう」
手に持っていたカトラスを慣れた手つきでくるくると回転させ、カウボーイよろしくホルスタに収める。
拳銃を収めたレヴィを見てほっと胸を撫で下ろすロックだが、正面に座る少年の警戒は未だ解かれる気配はないようだ。
それも当然かと、ロックは朝方受けた依頼の内容を思い出して腕を組む。
一言で言えば、今回の仕事はこの少年を依頼主のところまで届けることだった。依頼主はマニサレラ・カルテル。ロアナプラで多くの利権を有する『黄金夜会』の一角を担うコロンビア・マフィアだ。そんな大きな組織が少年一人を目的にしていることに違和感を感じないでもないが、所詮ラグーン商会はただの運び屋。余計な詮索をするべきでないことくらいは、悪党見習いのロックも十分に理解していた。
「ロック、あたしは顔洗ってくるからコイツを見張ってろ」
そう言ってレヴィは船室を出て行く。
残されたのは少年とロックの二人きり。運び屋とその商品というなんとも居た堪れないコンビになってしまった。
どうしたものかと思案しながら煙草を取り出すロックに、少年は先程までとは声のトーンを変えて話しかけた。
「あんた、他の連中とは感じが違うね。普通の人みたいだ」
中々鋭い感性をしている。それともまだ馴染めていないだけなのだろうか。
ロックは少年の言葉に首肯した。
「だろうね。俺はまだ悪党見習いってとこなんだ」
「悪党に見習いなんてないと思うけど。悪に手を出した瞬間から、紛うことなき悪党さ」
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