交錯
――夢を見た。
言峰綺礼はつながった回路から、またあの男の夢を見た。
ある戦いの前、意外なことにその男には『まだ』家族がいた。
お互いに血のつながりはないがそれ以上に強固な何かで結ばれた、温かい家庭だった。
戦いが始まってからもそれは変わらず、男は彼らを守ろうと剣を取った。
傷つくのは自分1人でいいと、誰にも告げず、懸命に。
バカバカしい、と綺礼は笑う。
己さえ守れぬ弱者が他者を守れるはずがない。
事実、男はその戦いから早々に敗退した。
しかし、そいつは敗れてからも戦うことをやめなかった。
――幾たびの戦場を超えて不敗。
敗北を認めない。
目の前に敵がいる限り、たとえこの身が朽ち果てようと戦い抜く。
そんな生き方しか男は知らなかったのだ。
ならば、そんな男に勝利など訪れるはずもない。
そして――遂に崩壊は訪れた。
男の前に家族だった1人の少女が立ちはだかったのだ。
――敵として。
――悪として。
男はその女を愛していた。
女もその男を愛していた。
だが結果は変わらない。
男と女は決して相容れぬ。
愛すれば愛するほど、男は自責の念に苦しんだ。
――当然の帰結だ。
と、綺礼は内心でほくそ笑む。
元より、ただ正しくあれ、と自らに課した男だ。男にとって幸福とは集団の益。そこに己は含まれない。そんな男がどうして家族を守れよう。
男はいつだって、剣の丘に1人きりだ。
だが、それでも――
――男は女のために剣を取った。
過去の自分を殺して。その全てを否定して。
たった1人の少女のために男は自らも容認できない『悪』となる。
気づけばそこには、吹きすさぶ逆風の中、聖骸布をなびかせ挑むように佇む男の背中があった。
その在り方に言峰綺礼は………………
「……む」
どうやらまた眠ってしまっていたらしい。
腑抜け切った自分に最早自嘲さえできず、綺礼はただ黙って体を起こす。
そこは寝床としているいつもの廃墟。かなりの時間寝ていたらしく、窓の外へ目を向ければ完全に日が昇っていた。
しかし、その光景を目の当たりにしても、昨晩の騒動からどれだけの時間を無為に過ごしたか、今は考える気力さえ起きない。
そんな彼へ、
「この期に及んでまだ思案か? 鈍重にもほどがあるぞ、綺礼」
と、声をかける者がいた。
最早確認するまでもないだろう。相変わらず我が物顔でこの廃墟へ入り浸るアーチャーを一瞥し、綺礼は吐き捨てる。
「……アーチャーか。今日はまた随分と上機嫌だな」
「フフン、当然であろう。まさかあれほどの阿呆がまだいようとは。ああいう輩は見ていて飽きぬ」
おそらくは、アインツベルン城での酒宴のことだろう。ライダーか、それともセイバーとの問答か。または――。
と、昨晩のことを思い、思わず綺礼は顔をしかめる。直後に見た不愉快な夢のせいか、今はあのサーヴァントについて考えたくなかった。
しかし、そんな綺礼の様子を察してか、アーチャーは続けてこう切り出した。
「ところで、贋作者はどこだ?」
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