伽藍
――私は、何を……。
河川での激闘が終わった頃、言峰綺礼は路地裏で1人当惑していた。
彼の目の前には先ほどまで時臣が小競り合いを繰り広げていたビルと、その小競り合いの相手――間桐雁夜の姿がある。
雁夜は綺礼の前で完全に気を失っており、仕留めるならば今が絶好の機会だろう。
綺礼は時臣と臓硯の会話も、この路地裏から聞いていた。その会話から、時臣が完全に我ら教会と袂を分かち、臓硯と手を組んだことは明らかだ。
――ならば、令呪はすでにないものの、バーサーカーの魔力源たるこの男はここで始末しておくより他にないだろう。
だというのに現在――綺礼は雁夜へ治療魔術を施していた。
治療しながら、綺礼は自問する。
――私は一体、何をしているのか……。
だが、問うまでもなく、その答えは明白だ。綺礼はすでに、己が欲望を完全に思い出してしまった。
――雁夜に死なれてほしくないのだ。少なくとも、今は。
その醜く、矛盾しきった苦渋の姿を、もっと自分に見せてほしい。そう願わずにはいられない。
しかし、そんな欲望は人として許されない。
許されるべきではない、と自分に言い聞かせ、生涯を賭して、他の答えを探し続けた。探し続けて……。
「……うっ」
――また頭痛だ。
ここ数年、何故かその先のことを考えようとすると原因不明の頭痛に苛まれる。しかし、自身の欲望を理解した今、その頭痛の原因にも見当はついた。
結局、過去の綺礼も同じ結論に達したのだろう。――この性根はどう足掻いても矯正できぬ。と、いう結論に。そして、その事実を受け入れられず、無意識に記憶を封印した。
「……まったく。我ながら情けない」
自身を偽ってまで生きながらえながら、再度同じ結論に達しても、なお足掻こうとする自分がいる。
そう考えながら、綺礼はふと珍しく、父の璃正と語り合いたいと思った。決して綺礼の苦悩を理解しない父である。だが綺礼とて、思えばまだ1度として、真に胸襟を開いた上で父と向き合ったことはないのではないか。
思えば、アーチャーと×××以外の人間に、綺礼は自身のその胸の内を吐露したことがない。
ならば、たとえ深く落胆させることになろうとも、父に相談すればあるいは、綺礼にまったく新しいものを提示してくれるのではあるまいか。
そんな藁にもすがるような最後の希望を胸に抱いていると、
「――何してるんだ、アンタ」
そう後ろから声をかけられた。
――考え事のあまり、接近する気配に気づかないとは、本当に焼きが回ったらしい。
そう苦笑しながらも、綺礼は慌てて臨戦態勢に入り、黒鍵を手に構えながら振り返る。
すると、そこには自身のサーヴァントであるアサシンが立っていた。
「……お前か」
敵ではないことに、少なからず安堵する綺礼。河川での戦闘も終了したのだろう。かなり消耗しているが、無事帰還したアサシンへ対し、労いの言葉をかけようとしたその時、
「――っ!」
異変に気づき、慌てて身構え直した。
――殺気だ。
アサシンから、因縁の敵に向けるような、それこそ召喚してすぐの頃綺礼へ向けられていたような殺気が滲み出ている。
――今更何故?
このサーヴァントとソリが合わないのは先刻承知の上だ。綺礼はアサシンが気に喰わないし、アサシンからもそんな綺礼を信用しつつ、妙な動きを起こせば即刻殺す、という静かなプレッシャーを感じていた。しかし、それでもこれまでは表向きマスターの顔を立てていたアサシン。
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