ハーメルン
真剣で恋について語りなさい
自分語りは蜜の味


 きっと赤子がマイブームだったんだろう。変なおじさんは赤子を連呼して去っていった。
 おれが不法侵入者を通報しようと電話を取りに行くと、おっさんは居間で緑茶を啜っていた。
 おれが姉に兄弟部屋に隔離されたあと、おじさんは長々と家族と話し合っていたらしく、数日後にはおれが川神院に預けられることが決まっていた。
小学校に入学する前に親元を離れることになり、発つ前に家族と別れを惜しんでから、暇がないはずのおじさんがいきなり現れて、川神までの引率を九鬼財閥が引き受けると言い出した。
 九鬼財閥が何なのか当時は分からなかったけれど、家族が絶対に大丈夫だというので、安心してついていった。
 道中、変なおじさんが質問してきた。

『小僧、なぜ泣かない。家族との別れが悲しくないのか』
『かなしいけど、それよりうれしいから』
『何がうれしいんだ?』
『これから行くところでは、ぼくよりすごい人がたくさんいるでしょ?』
『たくさんではないが、赤子と呼べないやつは何人かいるぞ』
『それがうれしい。あそこでは、みんなぼくにやさしかったけれど、わるいことをしても誰もしかってくれなかった』

 一度、評判を下げるために、悪ガキだった兄の真似をして家のガラスを割った。でも怒られることはなく、心配されるばかりだった。次に、隣の家のガラスを割った。それでも家族はおれを叱ることはなく、隣人に謝り続けた。隣人も微塵の怒気も見せずに、『こんなことしちゃダメだよ』と笑顔で頭を撫でるだけだった。
 同じことをした兄は長い説教をされて、一晩中離れの小屋に閉じ込められていたのに。隣人も人が変わったように怒鳴り散らして修理費用を請求してきたのに。
 
……後に、ジジイに聞いて知ったことだが、川神家のような武道の家ではない家系にも、おれや釈迦堂さんのような突然変異の異形の天才が生まれるというのは、稀にあるらしい。
 親戚筋を何代に渡って遡っても百姓の変哲のない家系で、おれだけがおかしかった。
緩やかに衰退していく緩慢な世界に、常識外れの化け物が生まれてしまった。
 その影響で片田舎の住人の歯車まで狂ってしまった。元に戻すには、原因を取り除かねばならない。

『きっとぼくは、あそこにいていけなかったんだ』

 そのときは直感的に思ったことを呟いただけだったが、実際に普通に暮らすことは厳しかっただろう。
 あのままならいずれ誘拐されていたと思うし、たとえされなくても知識がつけば自分から故郷を離れていたと思う。
 まあ、おれが天才過ぎたのが悪いわけで、誰が悪いというわけでもないし、こう生まれたことを呪ったこともなく、むしろ感謝もしていた。
 川神に移り住んでからも連絡は取りあっているし、偶に里帰りもしたりと家族仲も悪くないし。

『ふん……』

 話を聞いたおじさんは、しばらく黙りこくってから、無言で飴をくれた。おじさんは優しいおじさんだった。
 だが渡された飴が嫌いなハッカ味だったので、おれはそれを道端に捨てた。優しいおじさんは怖いおじさんになった。
怖いと思う間もなく、『ミニマムジェノサイドチェーンソッ!』という蹴りが飛んできて、おれのHPはゼロになった。
 動けなくなってから背負われて移動している最中、『小僧、食べ物は粗末にするな』と説教されて拾った飴を無理やり食べさせられた。


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