第四話 須田恭也 大字粗戸/眞魚川岸辺 初日/二時二十八分十三秒
雨は、降り続いている――。
須田恭也は、真冬の雪山に放り出されたかのような耐えがたい寒さで目を覚ました。身体を起こす。衣服が異常に重かった。ねっとりと身体にまとわりついている。水に濡れているようだ。足元は、スネの近くまで水の流れを感じる。どうやら、川の中にいるようである。
それで、思い出した。
自分は、頭のおかしな警官に追われ、銃で撃たれて、崖下に落ちたのだ。
だが、不思議なことに、痛みを感じない。
撃たれたはずの胸に手を当てる。傷は、無い。撃たれたと思ったのは気のせいだったのだろうか? その割には、銃弾が命中した時の強烈な痛みをハッキリと思い出せる。それに、傷こそないものの、シャツの胸の部分には大きく穴が開き、その周囲は血で染まっていた。それはまるで、撃たれた後、傷がすぐに治ったかのようだ。訳が判らなかったが、とりあえず無事だったことに安心する。
ぶるっと、身体が震えた。寒い。腕時計を見ると、二時半少し前だ。二時間半ほど、川の中で気を失っていたことになる。今が八月で良かった。真冬なら、間違いなく凍え死んでいただろう。
とりあえず川から上がろう。前を見ると、川辺にライトが落ちていた。恭也は川の水を蹴るようにして歩き、ライトを拾った。
ライトが、水面を照らす
――え?
川の水は、真っ赤に染まっていた。
深い、あまりにも深い、赤。
それは、血の色に似ていた。
――血塗れの集落。
その言葉が、頭をよぎる。自分がこの村に来た理由を思い出す。
……朽ち果てた家屋が立ち並ぶその村には、いたるところに血まみれの着物が散らばっている……血まみれの幽霊を見た……三十三人殺し……土砂災害で消滅した村……。
この川の赤い水は、まさか、本当の、血――?
言い知れぬ恐怖に襲われ、恭也は走り出した。血の川から少しでも遠ざかりたかった。森の中をがむしゃらに走った。
「――――っ!」
また、あの、頭を引き裂かれるような痛みに襲われる。
走っていられなくなり、頭を抱えてひざまずく。
そして、また感じる。自分を見ている他人の意識が、脳内に流れ込んで来る、あの感覚。
――いや。
今度は、はっきりと見えた。
苦しそうに頭を抱え、ひざまずく少年の姿。その服装は、恭也が着ているものと全く同じだ。背を向けているから顔は見えないが、恐らく恭也自身だろう。背後から誰かがビデオカメラで撮影している映像を、モニターで見ている、そんな感覚だ。
がさり、と、草を踏む音とともに、背後に人の気配を感じた。
まさか、あの、頭のおかしな警官が追って来たのか!?
弾かれたように振り返る。同時に、頭の痛みは消え、背を向けていた自分の姿の映像も消える。
現れたのは警官ではなかった。赤い修道服にベールをかぶった女性。見覚えがあった。たしか、森の中で奇妙な儀式をしていたあの村人たちの中にいた。この人も、儀式を邪魔されたことに怒り、自分を射殺するために追って来たのだろうか。
「あ、あの……俺……何も知らなくて……だから……」
許しを請う恭也。
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