幕間その2―――暗躍者の2人
京都の某所に在る廃ビルの一室。
石膏や壁紙などが所々で剥がれ落ち、コンクリート地が剝き出しになっている寂れた部屋にて、穏やかでありながらも明るく軽やかな調子のメロディーが奏でられていた。
「♪~~」
それを奏でているのは、退廃的と表するには新し過ぎ、質素や無機質としか言えない。この廃墟の一室にはとても似つかわしくない一個の芸術とも讃えられそうな美貌を有する女性の口元だった。
その唇は艶やかな桜色で肌は滑らかな白皙であり、卵型の彫りの深い整った顔立ちを十分に引き立て。頭には新雪の如き輝きを持つ銀の髪を飾っている。
奏でるメロディーに…鼻歌に集中している為か。眼は閉ざされているが、その瞼の下には正に宝石としか形容できない美しい緋の瞳が隠されていた。
体付きは衣服の上からでも成熟した女性らしい豊満なものである事が判り、その均整は頭身も含めて完璧な比率と造形を見せている。
そんな稀有な容貌と黄金比の身体を持つ彼女は、何処か幻想的な雰囲気や気品を有し、まるで御伽噺か叙事詩にでも出てきそうな麗しの姫君か令嬢、或いは天上から舞い降りた女神のようであった。
ただ残念なのは、女性の纏う衣服が有り触れたごく一般的な婦人服である事だ。別に似合わない訳では無く。一応上品に取り繕ってはあるが、彼女の浮世離れした美貌を引き立てるには余りにも質素だ。
加えて、廃墟というこの場所自体もそうではあるが、彼女が坐している物もこれまた何処にでもある簡素なパイプ椅子である。
誰もが聞き入る歌を奏で、誰もが見惚れる美貌を持つ麗しい女性が。華麗に着飾る事も無く、廃ビルの一室でパイプ椅子に腰を着けている姿は不釣り合いとしか言いようがない光景だ。
無論、そんな事で彼女が持つ美しさが損なわれる訳では無いのだが、見る者が見れば、やはり残念に思わずには居られないだろう。
「ご機嫌なようだね」
奏でられるメロディーを遮るように、唐突にそんな声が女性に掛けられた。
それは抑揚が乏しくも幼さを感じさせる少年の声で、扉を失った部屋の出入り口から聞こえてきた。
日の届きが浅く、薄暗い影に覆われた扉無き扉から足音が徐々に女性の下へ近づき。コツコツと音が大きくなるにつれて、罅割れた窓ガラスから差し込む日の光に照らされ、影から浮かぶように声の主の姿が露わになる。
それは、学生服のような衣服に身を包んだ、女性と似た白い髪と肌を持つ少年だった。
その顔立ちは女性に劣らぬほど非常に整っているが、眼の色は青く容貌は似ていない。今滞在している国の人間―――日本人から見れば、家族か何かに見間違うかも知れないが、欧州の人間であれば、赤の他人だと評するだけの違いはあった。
その少年が姿を見せた事で女性は閉じていた眼を開き、口遊む鼻歌も止めて、彼の問い掛けに応えた。
「ふふ…当然でしょう。もう会う事は叶わないと思っていた大切な我が子に会えたのだから」
女性―――アイリスフィールがそう笑顔を浮かべて言う。心の奥底から嬉しそうにし、まるで花が咲いたかのような……或いは童女のような無垢な笑みを見せる。
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