四糸乃パペット 士道視点(後)
観月によしのんは貰えたが、鳶一の家に行くという約束をしたのにそれを破るのは躊躇われた。
それに、それとなくその日は用事があって行けなくなるかもしれないと言ったのだが、それなら何日に遊びに来るかと聞かれたのだ。逃げ道はなかった。
……それに俺自身、鳶一ときちんと話しておきたいことがあったのだ。それ故にこれはいい機会だと思うことにして、俺は本来必要であったラタトスクの捜索カメラなどを抜きにして、鳶一の家へと歩いていった。
「ここ……で、あってるよな」
左手に菓子折り、右肩によしのんを入れたバックをかけ直して呟く。
観月に預かって以来、よしのんはなるべく身の近くに置くようにしている。いつ四糸乃が臨界するか分からないためだ。
……鳶一折紙の家に侵入しようとしたラタトスクの機関員6名が全員病院送りになったという話を聞いて、少し……いやかなり来てよかったのかと思うが、何とか自分を奮い立たせ、マンションの入り口にあった自動ドアをくぐり、エントランスに設えている機械に鳶一の部屋番号を入力すると、すぐに彼女の声が聞こえてきた。
「だれ」
「あ、ああ……俺だ。五河士道だ」
「入って」
名前を告げると、間髪入れずに自動ドアが左右に開く。
少し驚きながらも鳶一の住んでいる6階までエレベーターで上がり、教えられた部屋番号まで歩いてインターホンを鳴らす。
そうして開かれた玄関の扉の中にいる鳶一を見て、俺はあんぐりと口を開け、持っていた菓子折りを落とした。
中に入っている人型焼きがぐちゃりと潰れた音がしたが、それに構うことも出来ずに立ち尽くす。
家の中にいた鳶一は、濃紺のワンピースに、フリルのついたエプロン、そして頭に可愛らしいヘッドドレス。
つまり完璧なメイドさんの格好をしていたのだ。
そりゃ、観月だって寝間着で俺の家に来てしまっていたりしたが、あれだって寝ぼけての行動。
俺が家に来た時にはちゃんと私服に着替えていたのだからそれは間違いないことだ。
「どうかした?」
「……あ、ああ」
驚きのあまり固まってしまいそうになったが、すんでのところで返事を返した。
何故に彼女はメイド服を着ているのだろうか?
確かに似合ってはいるし、家の中ではどんな服を着ていようが本人の自由だが……
もしかしたら姿がそっくりな別人なのかもしれないと思い、名前を呼びかけてみることにしたが……
「鳶一折紙?」
「なに?」
返事を返された。
これで『実は私は折紙の双子の妹の色紙ちゃんなのだ☆』という可能性も消えてしまった。
「いや、なんて格好をしてんだよ」
「きらい?」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
似合ってはいる。だがそういうことではなく、何と言えばいいのかと迷っていると、鳶一は首を傾げる。天然なのか故意なのか……
「入って」
悶々としていると、鳶一に声をかけられて落とした菓子折りを拾った後にお邪魔しますと言い、家の中に入る。
──そしてその後。
鳶一が不思議と気分が高揚するアロマのようなものを焚いていることを知ったり、何故か俺の隣に座られたり、変な色と異様な刺激臭を放つのどす黒い色の液体を戴き(鳶一のところに置いてあるのは鮮やかな色の赤褐色のお茶だった)、断り切ることも出来ずにミルクを入れて呑んだ瞬間、思わぬ刺激が喉に奔る。今後飲むどんな飲み物でもこの味に敵うまい。辛いでも苦いでもなく……痛い。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/7
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク