ハーメルン
外道に憑依した凡人
戦端の歪み

「本当に行かなくてよかったのですか?」

刻限は丑三つ時。

自らが用意した一軒家(元の綺礼の貯蓄で購入)の畳の上に座り、テレビを見ながら綺礼は湯呑で茶を啜り、煎餅をバリバリと齧っていた。

傍にいるものからすれば、うるさいことこの上ないものの、綺礼は表情一つ変えることなく、ただただ煎餅を齧る。

「ちょっと、聞こえているんでしょう。何か言ったらどうです」

バリバリバリ。

「ねえってば。無視するんじゃないわよ」

バリバリバリバリバリバリ。

「あああっ!うるっさいわね!燃やすわよ!?」

「待て。破壊される可能性を秘めているとはいえ、この拠点は先月私が実費で購入したものだ。燃やされたら、その後お前も私も路頭に迷うことになる」

「じゃあ、返事しなさいよ!なんで行かなかったの!」

「行く必要がなかったからだ。私は師がいかなるサーヴァントを呼び出すか既に知っている。ならば行く必要はあるまい」

「でも、その師匠とやらには来るように言われてたでしょう。なんで嘘ついてまで行かなかったのって、聞いてるのよ」

綺礼は虚言を吐いてまで、時臣の召喚の儀に立ち会うことをしなかった。というのも、そもそもあの場に行く理由が皆無であり、あそこにいけば確実にひと悶着あるというのが想像に難くなかったのである。主にアヴェンジャーとアーチャーが。

もちろん、行くつもりはあった。あったが、下手をするとその場でアヴェンジャーとアーチャーが殺し合いかねない。同盟を欺くのには最適だが、綱渡りが過ぎる。仮にそれを令呪で収めようものなら、開幕早々不利を強いられる。笑えない冗談だ。

もちろん、それをアヴェンジャーには言わない。いえば、天邪鬼精神のアヴェンジャーのことだ。今からでも間に合うと言って、遠坂邸に行くといいだしかねない。

「……面倒だからだ。基本的に怠惰に過ごす主義なんだ、私は」

「……時々、あなたを聖職者か疑いたくなる時があります」

「立派な聖職者だよ。ただ、ほんの少しだけ、他者とは違う価値観で動いているだけのな」

大嘘である。

綺礼は聖職者であるが、信仰心なんてものは欠片も持ち合わせていないし、神様なんて死ねばいい、とすら思っている。割と本気で。

だから精一杯怠ける。起きているのはもう寝ているとバレたら、後々面倒だからで、舞い上がった時臣辺りが連絡してきた時のために備えているからだ。

「どうだ、アヴェンジャー。お前も食べるか?」

「食べないわよ。サーヴァントに食事は必要ない。そんなことも知らないの?」

嫌味たらしく言うアヴェンジャーに、綺礼は顎に手を当てる。

「ふむ。私の記憶違いでなければ、アイスクリームを食べて『なにこれ、美味しいんですけど!?誰こんなもの作った人!』と人目も憚らずに叫んで――」

「そ、そんなわけないでしょ!?本当に脳みそまで腐ってるんじゃない!?焼いてあげようかしら!」

慌てふためきながら詰め寄るアヴェンジャーに、綺礼は内心ほくそ笑む。

一見、口調は丁寧に内容は粗暴になっているアヴェンジャーだが、感情が昂ぶると口調まで粗暴になる。

それが良いことなのかと問われれば、悩むところではあるものの、そちらのほうが親しみやすいという意味では或いは本来の聖処女よりもずっと親近感が湧くのかもしれない。

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