例え、光でなくとも
人差し指で用心鉄の下のスプールを引き、薬室のロックが解除されると銃身ががくりと前に倒れこむ。
開放された薬室に、魔弾の一発を装填。手首のスナップのみで銃身を撥ね上げて薬室を閉鎖する。
長年のブランクあってか、劣化していた技術も、今となってはそのブランクが嘘のように以前までのキレを取り戻している。
(……勘の方はあまり戻ってないか)
装填した弾丸を取り出し、自身の専用礼装とも言えるコンテンダーを机の上に置くと、切嗣は日本に来てすぐ、何の気なしに購入した煙草を一本銜えて、火をつけた。
遠い異郷のアインツベルンでこそ、吸い慣れた銘柄が手に入らないことと、それ以上の母子への気遣いがあって吸わなかった煙草も、戦いの本番に入ってから、頻繁に吸うようになった。
今までは控えていたにもかかわらず、特にここ数日は、見る見るうちに煙草が消費され、一日に最低でも一箱は空いてしまう。
それは、切嗣が元々ヘビースモーカーだった、というわけではなく、先日の倉庫街での出来事が関係している。
あの日、切嗣は死んでいてもおかしくなかった。
『魔術師殺し』たる切嗣の戦法は、聖杯戦争だろうと変わりはない。魔術師の常識を上回る方法で魔術師を屠る。それが衛宮切嗣の戦術だ。
先日も、マスターの一人であるケイネスの籠城するハイアットホテルを爆破した。
何故ケイネスを狙ったのかと問われれば、偏に最も狙いやすかったからに他ならない。
魔術師は優れたものこそ、足元を見ない。自分の能力を信じて疑わず、相手の魔術レベルを見て、初めて正当な評価を下す。
もちろん、それが全ての魔術師に通じる道理でないにしろ、多くの魔術師がこれに該当し、エリート街道真っしぐらかつ挫折を知らないケイネスはその典型と言える。
よもや、時計塔きっての一流魔術師はホテルが爆破解体されることを一ミリも考えていなかっただろう。しかし、脱落していないのは既に聖杯の器であるアイリスフィールを通じて知っている。そのあたりで言えば、成る程。確かに並の魔術師でないのは確かだ。いくら負傷もあり、死体の確認まで出来なかったとはいえ。
もっとも、いかに優れた魔術師であれど、魔術師である限り、切嗣は勝てる自信がある。魔術師の常識に囚われている限り、切嗣の戦術は予想できず、掌の上で転がされていることにさえも気づかないだろう。
だからこそだ。
衛宮切嗣にとって、言峰綺礼はこの聖杯戦争における一番の危険人物だった。
何の情熱もなく、空虚さを感じさせる男。
元が異端狩りを主とする『代行者』である事はそうだが、それ以前に言峰綺礼の在り方が切嗣は悍ましいと感じていた。
そしてその男が、あの日自らの前に現れた。
結果から言えば完敗だ。故に切嗣は最初の脱落者となってもおかしくなかった。
だというのに、今もなお生きているというのは合点がいかない。それは幸運であるが、何故自分が生かされているのか、何故綺礼は自分を見逃したのか。
その疑問が、目下、切嗣の頭を悩ませている。
怪我の方はアイリスフィールに治療してもらい、ほとんど完治しているが、それを考えるたびに傷が疼く。
(やっぱりあの男が一番危険だ。早く居場所を見つけ出して、始末しておかないと)
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